ユーザにとって価値のある研究を~東京大学准教授 矢谷浩司氏~

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今回は東京大学大学院でユビキタス情報環境分野を研究されている、矢谷浩司先生にお話を伺いました。ヒューマン・コンピュータ・インタラクション(以下、HCI)、ユビキタスコンピューティングをキーワードに幅広く研究を行う矢谷先生は、研究者そして教育者として何を志すのでしょうか。

常に新しい環境でチャレンジ

―先生は東京大学で修士号を取得した後にトロント大学に進学されたんですよね。

僕は修士課程での研究を終えたあたりから、自分を変えるという意味でも新しい環境に身を置きたいと思っていました。そんな時に国際会議などで、自分と同じくらいの年齢の学生が海外からやってきて素晴らしい発表をするのを見て刺激を受け、自分も海外でチャレンジしたいと思ったのがきっかけでトロント大学への進学を決めました。

―日本とカナダの大学両方を経験されて違いなどはありましたか?

学生が主導で研究を行うという意味では日本もカナダも変わらないと思います。ただ、一番印象に残っているのは、カナダでは学会が近い時期になると研究室の全員が論文を書いていました。日本の大学では僕はそういうのは見た事がなかったのでちょっと衝撃でしたね。

その時に感じたのはチーム、周りの雰囲気はすごく重要だな、と感じました。周りが頑張っていると自分も頑張れるし、自分が頑張っている事でみんなも頑張れる。自ら成長できる環境に身を置くという事を意識していかないといけないと思いました。

―先生はその後、北京のMicrosoft Research Asiaで勤務されたと聞いています。どのようなお気持ちがあって決められたのでしょうか。

他にも候補はいくつかあったのですが、最初にもお話したように“新しい環境に身を置きたい”という気持ちがあったので、アメリカに残るのではなく北京にあるMicrosoft Research Asiaを選びました。また日本以外のアジアには住んだことがなかったことも理由の一つです。

また当時、Microsoft Research Asiaのユーザインタフェースのグループ(HCIグループ)はまだ出来たばかりのグループで、若い人も多かったんです。そんな若い人たちが積極的に発言できる環境に魅力を感じました。まあ、あとはご飯ですね。たくさん食べる僕にとっては重要なことですので(笑)

―3年後に准教授になられていますが、元々教育者を目指されていたのでしょうか。

親が教育者ということもあって、かねてより研究と教育を結び付けたいと思っていました。単に研究内容だけではなく、海外での経験など、これまで自分がやってきたことを若い人たちに伝えたかったという思いがありました。また、Microsoft Research Asiaにはたくさんの学生インターン生がいて、自分と違った考え方や見方をする若い学生さんと交流をする機会がたくさんあり、その環境がとても楽しいと感じていました。そういう意味で、教員という職業は大手を振って若い学生さんと研究できますからね。そういったところにも魅力を感じました。

―現在どのような研究をなさっているのでしょうか。

バイオメトリクスの機能をユーザの視点から拡張する研究をしています。例えばスマホをアンロックするための指紋認証をするときに同時に心拍数などのデータを取ることができれば、健康管理に役立てることができます。このような技術があればスマホをアンロックするだけの指紋認証でユーザの様々な生体情報を取得することができ、さらなるサービスを実現できると考えています。

文化や価値観の違いでその人にとってベストなインタフェースは違う

―近年IoTが注目されていますが、その中で先生の研究のキーワードでもあるヒューマン・コンピュータ・インタラクション(HCI)とはどのような立ち位置なのでしょうか。

IoTはモノをインターネットに繋げる事ですが、HCIは、人とコンピュータを繋げる研究です。ユーザにとってその研究はどのように役に立つか、また何が求められているのか、ユーザの気持ちに立って考えなければなりません。この人間を相手にするということが一番のポイントであり、これが一番難しくもあって楽しいところでもあります。

人間は国や地域によって文化・価値観が異なります。例えば博士課程(2009年頃)の時にやった研究の一つに「携帯電話のリサイクルを支援する方法の調査」というものがありました。サステナビリティ(持続可能性)といって、環境が持続するようにテクノロジーを使うという事なのですが、携帯電話にはレアメタル(希少金属)が含まれており、再利用は重要な課題です。

その研究でドイツ、アメリカ、日本の3ヵ国の人にインタビューをしました。ドイツは当時すでにSIMフリーが一般的で、使わなくなった端末は人に譲るという事がされていました。またアメリカでは使わなくなった端末は人に譲りたいけれど、SIMフリーでないものも多く、キャリアに縛れてなかなか出来ないという話でした。しかし日本ではキャリアの問題とは別にプライバシーの心配をする声が多く聞こえました。ある極端な日本の方は「古い携帯電話はどうするのか?」と言う質問に対して「ハンマーで破壊する」と答えた人がいました。

他にも日本人にとっては便利に感じるタッチペンにしても、発展途上国の田舎の地域などに住む人は文字を書くことができないこともあります。そのような人にとっては“ペンを握る”という経験自体が無いので、タッチペンのような商品を使ってもらおうとしても困惑するでしょう。この様にHCIの研究においてはユーザの特性まで考慮する必要があります。

―先生は研究において、どのようなことを心掛けているのでしょうか?

まず一つは「自分が使いたいもの」ということを心掛けています。このことは生徒にも言い聞かせています。自分がお金を払ってでも買いたいとか、毎日使いたいと思うものでなければ、他の人を説得することはできませんよね。

そして次に「ユーザの気持ちを理解する」ということです。僕たちはよくユーザにインタビューで「どんなことで困っているのか」を聞き「じゃあこんなシステムはどうだろうか」と考えていきます。「どういうところが大変なのか?」などユーザの気持ちに立って考えることが重要です。

例えば、僕の研究室に車いすを利用している人たちに対するユーザインタフェースを研究したいという学生さんがいました。しかしその学生さんは車いすで生活した事がないというので、実際に車いすを購入して1週間生活してみるよう勧めました。僕は実際に経験してみることがユーザの気持ちを理解する一番の近道だと思っています。

研究者と同時に教育者という立場から

―先生は大学の准教授としてどのような役割を果たしたいと思っていますか。

まず学生には自分がやりたいことが何なのか、例えばユーザインタフェースでもセンシングなのか障碍を持つユーザ向けのシステムなのかなど、自分の中で形にしてほしいと思っています。そして“卒業したら何になりたいのか”を考えて、その目標とするキャリアにつなげるために研究をしたり卒論を書いたりしてほしいと思っています。

そのため、学生が将来を考える機会として企業の人たちと話をする場を設けたり、次のステップに進めるように研究を組み立てたり研究プロジェクトを教えてあげることが僕の仕事だと思っています。単純に論文を書くだけの研究室ではなく、それぞれの夢に近づけるように学生達がやりたいことを自分で考え明確にしてくれれば、この研究室に来てくれた価値があったと思っています。

―今の時代の学生にはどのような能力が求められているとお考えですか?

研究は自分がリーダーのプロジェクトだと思っています。問題を見つけて解決策を提案し社会に還元するまで一つ上の視点からプロジェクトマネジメントができる能力を身につけてほしいですね。

また、卒業論文や修士論文を書くときにしっかりと自分の未来を考える機会として利用してほしいです。ちゃんと考えれば、自分にはどんな事が向いているのか、または向いていないのかも分かってくるし、将来どんな事がしたいのかに繋がってきます。そのうえで研究者や人とテクノロジーを繋げるような仕事についてくれれば僕は嬉しいです。

社会に還元するまでが使命

―先生の研究室から実際にリリースしたサービスなどはありますか?

正式に公開したものはありませんが、毎年開かれる五月祭という東京大学の本郷・弥生キャンパスで開催される学園祭の公式アプリを開発しております。学園祭といっても2日間で15万人くらい来る大きなイベントですから、アプリのダウンロードもおよそ1万と大掛かりなプロジェクトです。


「五月祭」アプリ画面:混雑状況の閲覧やスケジュール管理などが行える

すぐにビジネスとして使ってもらうのは難しいにしても、多くの人に使っていただき反響をもらえるものを提供するのが我々の研究室の使命ですから、こういうことももっとやっていけたら面白いかなと思います。

―大学の学園祭は規模が大きいので、こういったアプリはとても役に立ちそうですね!企業との共同研究などもしているのでしょうか?

僕たちの研究室はまだ立ち上げたばかりですが、ビジネス資料の作成を支援するシステムなどの共同研究をさせていただいております。ビジネス資料を作成する際には情報を集めて分析・整理し、最後にまとめてグラフなどにして発表資料にします。現在それぞれの工程で様々なツールが使われていますが、それを一つにまとめるようなものを作れたらと思っています。

―私、図だけメモしておいて後で何の図だったけ?と元の記事を読もうとしてもURLを忘れてしまった、なんて事もよくあります(笑)情報収集から資料作成まで一括で出来ればそんな事もなくなりますね!
先生は研究するだけでなく、その研究成果を「社会に共有」するところまで大切にしているのですよね。

先日、東京大学理事・副学長であり光ファイバーの研究をやっておられた保立先生の最終講義があり、その講義の中で先生は“理学は神と語らい、工学は社会と語らう”とおっしゃっておられました。理学は真理を突き詰め、工学は社会に対して還元されるところまで考えなくてはならない、という工学の研究の在り方を端的に表現された、大変深みのあるお言葉だと思いました。

僕の研究分野であるユーザインタフェースは名前にも“ユーザ”と入っているように人を無視できない分野です。インタフェースの開発ではこの技術が社会の人々にとって役に立つのか、またどういう技術が必要とされているかまで考えなくてはなりません。

―研究成果をもっと社会に還元するためには、どんな取り組みが必要だと考えていますか?

我々ももっといろんな企業に行って話をさせてもらったり、いろんな繋がりを持ったりしたいと思っています。学生を連れて企業と関わりを持つことで、学生にとっても勉強になりますし、企業にとってもどんな研究が行われているか知ることができます。こういう機会はお互いにとってメリットがありますし、もっと増やしていけたらと思います。

学生は気軽にいろいろな企業を訪問できるという特権があるので、もっとその特権を生かしてあげたい。その活動の一つとして研究成果を発表するような機会を作っていければと思っています。

―先生は研究を通じて、社会にどのような変化を起こしたいと思っていますか?

人間がやる必要がないことをどんどんコンピュータに任せていって、人間はもっとクリエイティブな活動や文化的な活動に時間をさけるように社会を変えるテクノロジーを生み出していきたいです。技術の発展によって雇用が奪われる、特定の仕事が消えてしまうという意見もありますが、僕はそこまで否定的にはとらえていません。コンピュータに任せたほうがはるかに効率的な処理があれば、やはり人間が行ったほうが効率的・創造的な仕事もあります。

このような役割分担を進めることができるテクノロジーの開発を行いたいと思っています。「テクノロジーが人間を支える」そういった社会にするために、どんなテクノロジーがユーザにとって便利なのか、それを見据えられるような研究を続けていきたいです。

インタビューを終えて

あくまで相手が人であることを重んじて研究に取り組む矢谷先生。しかし単なる研究にとどまらず、それを社会に還元するところまで考え、さらに教育者という立場から学生に対してもサポートを行っています。

研究室には最新のコーヒーメーカーやティーメーカーなども揃い、学生達が研究をするのに快適な環境を提供するという、矢谷先生の思いが伝わってきました。まさにエンドユーザのためにデザインされた研究室、羨ましいです。

矢谷先生が学生たちと社会との懸け橋となり、テクノロジーを通じてもっと優しい社会が実現されることを期待しています。

プロフィール

矢谷 浩司 – Koji Yatani –
東京大学大学院 工学系研究科電気系工学専攻 准教授 (同大学大学院学際情報学府 先端表現情報学コース 兼担)
2003年 東京大学 学士号(工学)取得
2005年 東京大学 修士号(科学)取得
2005年 独立行政法人日本学術振興会特別研究員(DC1)
2011年 トロント大学 博士号(コンピュータ科学)取得
2011年 ACM CHIにてBest Paper Award受賞
2011年 Microsoft Research Asia, HCI group勤務
2013年 東京大学大学院 情報理工学研究科 客員准教授
2014年 東京大学大学院 工学系研究科電気系工学専攻 准教授
2014年 ACM HCIにて2つのHonorable Mention Award受賞
2014年 ACM MobileHCIにて2つのHonorable Mention Award受賞
2016年 東京大学大学院 学際情報学府先端表現情報学コース 兼担
2016年 ACM CHIにてBest Paper Award受賞

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SAKIGAKE編集部

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海外のスタートアップ、テクノロジーに関する最新情報を発信していきます。 海外の起業家たちが、何の課題に目を向け、どんなことを仕掛けようとしているのか。 最新技術だけでなく、未来を創ってきた人や、これから未来を創ろうとしている人の生活・人生もご紹介します。
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